こちらもブログの更新が追いついいない最近のことを追記しています。
2023年5月16日に、ロンドンのアビーロードスタジオに行ってきました。
ここで再び、マスタリング、レコードカッティングについて学ぶ為です。
アビーロードスタジオについてはもう説明がいらないと思いますので
実際に見てきた体験などを。
事のきっかけは「レコードカッティングを行う中で、何か大きな自分だけの武器が欲しい」という思いでした。
日々色々なレコードを聴き、研究を重ねていましたし、実際のカッティング業務の中でも発見の連続です。
そんな中、ハーフスピードカッティングという技法に出会いました。
何枚かその技でカットされたポリスのアルバムが手元にあり聴いていましたが、音が良い、これまで聴いたアルバムと明らかに質感が違う、といたく感動しました。
そしてハーフスピードカッティングのアルバムを集め、デジタルデータと比較検証をした結果、これこそが自分がやりたかった事だ!思いました。
このハーフスピードカッティングですが、どのような制作方法なのかを簡単に説明します。
通常は録音物を再生し、その音でカッティングマシーンの録音ヘッドを物理的に振動させながら溝を掘っていきます。
ハーフスピードカッティングでは、まずこの再生スピードが名前の通り「半分」になります。
つまり、テンポもピッチも半分にして再生し、溝を刻んでいきます。
そのままですと、通常のプレイヤーで再生すると半分のまま再生されるので、機械の上のレコード盤も半分の回転速度で回しながら処理をします。
すると通常のプレイヤーで再生すると元の音に戻ります。
この非常に手間のかかる方法(実際に通常に比べ2倍以上の時間がかかる)では、普通にカットすることに比べてかなりのアドバンテージを得ます。
レコードが苦手なアタックの速い音に対応出来る。 半分のスピードなので、実際には40msの音も80msで録音していることになる。
レコードが苦手な高音域の記録も可能。 半分のピッチなので8Khzという高音は4Khzと声の帯域に近くなってきます。
歪みにも強くなる。 カッティングでは、カッターヘッドについている小さなスピーカーを鳴らしてカットするのですが、その小さなスピーカーを鳴らすアンプも1/3位の電力に。
という良いことばかりのようですが、他の方がしないという理由は「ホントに難しい」ということ、そして1枚カットするのに想像以上の時間がかかってしまうことだと思います。
私のスタジオは独立系なので生産性よりも音質に拘ることができ、この技法も可能になります。
現在、世界でこのカッティング方法を行っているのは、ロンドンのアビーロードスタジオとメトロポリススタジオのみ。そしてこのカッティングを現在、最もたくさんこなしているのはアビーロードのマイルス・ショーウェルただ一人です。
彼の秘伝の技術を直接勉強して、日本で自分が行うために今回ロンドンへ行ってきました。
アビーロードスタジオはもう、音楽をやっている身からすれば憧れのスタジオ。
観光でスタジオの前までは行けても中に実際に入る機会は中々ないのではないでしょうか。
厳重なセキュリティーの門番を抜け、中に入ると、入り口からもう数々の名セッションの録音風景を写した写真が飾ってあります。この時点でスタジオの歴史を非常に感じてテンションは爆上がりです!!
(スタジオ内共有部分でのカメラ持ち込みは厳禁とされています。世界中のVIPが録音していますから!)
中に入って数分待つと、マイルスが降りてきて挨拶を交わしました。
(実際に合うのは初めてです。今まではマネージメント経由のやり取りのみでした。)
世界の巨匠エンジニアなので最初緊張しましたが、非常にフレンドリーで優しい方でした。
そして中庭にある、マスタリングの建物に案内されました。
(この建物は後から増設されたもので、ビートルズなどの時代にはありませんでした。)
赤を基調にしたオシャレな部屋は、明らかに日本のマスタリングルームと雰囲気が違います。
日本の閉ざされた空間と違い、正面のスピーカーの向こうには大きな窓があって季節や天気を感じられ、リラックス出来ます。
(部屋の大きさは日本と変わらず、定員は2名までとキチンと決まっています。)
マスタリングデスクには日本のマスタリングスタジオでも定番の機械が並びます。
(上のお菓子は日本からのお土産で渡したハッピーターン。日本のスタジオ作業のお供で定番のやつですね!)
メインモニターがPMCとADAMで、これはヨーロッパの定番です。
早速、マスタリングから始めます。
これは私自身がベルリンで仕事をしていた時から感じていたのですが、アメリカ・ヨーロッパ・日本ではそれぞれ、土地柄なのかマスタリングに大きく特徴的な違いがあります。
アメリカ的なマスタリング・エンジニアの個性が前面にでたマスタリングと違い、こちらはより音楽やその歌詞など背景や生活などに寄り添ったスタイルです。つまり「触らなくて良いものは触らない」という、一歩引いた感覚とでもいうべき所があります。
これは私自身のマスタリングでも心がけている所です。
(ちなみ今回のこの企画が実現したのも、実は私がアーティト時代に作詞・作曲した楽曲がロンドンの放送局で20年以上使われている事がきっかけでした。普通のエンジニアとしてだったら門前払いです。最近カッティングばかりでしたので、久しぶりに書き下ろしました。)
具体的な手法は彼にとっても自分にとっても特別な企業秘密ですので、是非、私にお仕事をオーダーくださいませ。(笑)
色々と機材についても教えて頂いたのですが、彼が強調していたのが、クロックが全てだと。ここでは非常に高級なクロックが使われていました。
そして、このフェアチャイルドの完全コピーのコンプが大のお気に入りでした。
この部屋は2人のエンジニアでシェアしていて、もう一人の方に触られたくないので、彼はなんと使い終わったら電源ケーブルを抜いて、そのインレットの穴にプラグ状の鍵をかけるのだそうです。
(几帳面な側面もありつつ、信用していないのかとwww)
また作業が終わると直ぐに電源を落として、真空管にダメージを与えないようにしていました。
真空管自体は普通に今でも手に入るものを使っていますが、内部配線はポイントで結線されており、プリント基板のように熱を持たないのが重要なポイントなのだと説明してくれました。
実際にパネルも開けて中をみました。高級ギターアンプのようでした。
字数も多くなって来たので後編へ続く。
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